『夢』とは,睡眠中に見る夢と将来にかなえたい夢という意味があります.しばしば,英語のdreamの意味にも先に挙げた2つの意味があるので,夢(dream)には英語と日本語で何か関係があるという人がいますが,そもそも日本語において将来の夢という意味は,明治以降に西洋文化とともに入ってきた概念でそれ以前は,『夢』には大きく分けても睡眠中にもつ幻覚のことしか指しませんでした.

いろんな感覚

その夢ですが,先日,においのある夢を見たんです.どんな状況だったか簡単に説明すると,一つめはトイレが臭かったのと,二つめは牧場のような場所で獣臭さとほこりっぽいにおいの夢を見たんです.においのある夢を見た(というより感じた,そして覚えてる)のは初めてだったのでどうせならもっといいにおいの夢がよかったなぁと思いました.
夢は主に視覚像として現れるので,音のある夢というのも少ないのかもしれません.夢の中で誰かと会話をするということがあるかもしれないけど,それが脳内で音としてとらえられているのか,ダイレクトに文の意味として脳に働きかけ夢として現れているのか,どちらだろうか.自分の経験からいうと,どちらかといえば後者ではないのかなと思います.
一方,確実にを感じる夢も見たことがあります.どんな状況かというと,お店で買い物をしているときに店内に洋楽が流れていたという夢です.曲名まではわからなかったけどなぜか洋楽であるということはわかって,目が覚めた直後ならメロディーを口ずさめるほどでした.もう一つは夢の中でフルートやピアノを演奏するというものでした.
五感のうちほかの感覚はどうだろうかと思い出して考えてみると,何かものを食べるという夢は見ても甘い辛いなどのまでは感じていなかったのかなと思う.電車の中でうたた寝をしているときに何かを食べている夢を見て舌を噛んで目を覚ましたなんてこともありました.触覚は,いまいちピンとこないのかも.ふわふわ〜という感じはありました.

見えない夢

ところで,夢は主に視覚像として現れますが,目が見えない人はどんな夢を見ているのでしょうか.
目が見えないといっても,先天的に生まれたときから目が見えない人と,はじめは見えていたけど何らかの影響で目が見えなくなる中途失明の場合で分けて考えなければなりません.
先天的に目が見えない人は,今までに見ることをしたことがないので,脳内で像を呼び出せず視覚化することができません.かといって,目が見える人より夢を見る機会が少ないかというとそうではなく,同じくらい夢を見て(感じて)聴覚や触覚,嗅覚,位置感覚などのイメージが夢として現れるそうです.これらの感覚は,視覚がないぶん鋭敏になり視覚が主な夢とは違った知覚の幻覚を体験しているということです.
これに対して,中途失明の人は以前まで視覚があったわけですから,目覚めているときも夢を見るときも視覚イメージを作り出せることができます.*1

聞こえない夢

耳の聞こえない人はどうでしょうか.先天的に耳が聞こえない人は音のイメージを作り出すことができないので,漫画の吹き出しや効果音(オノマトペ)を視覚として夢に見ることがあるそうです.
興味深いところで,生まれて1年8ヶ月で視覚と聴覚の感覚を失ったヘレンケラーの例を見ると,サリヴァン先生に会う前までは,夢で感じる感情は恐怖のみで部屋の中で床が激しく上下に動きそのたびに飛び起きるといった夢をしばしば見たそうです.サリヴァン先生にいろいろなことを教わってヘレンケラー自身も変わってくると,見る夢も変わってきたそうです.後に彼女自身が語っているのですが,夢も表情豊かになり様々な場面を見る(感じる)ようになってきました.*2

他人の夢

夢というのは時に感情がストレートに表れるものであって,あらぬ誤解を招くこともあるので安易に人にぺらぺらと話すようなことではありません.でもやっぱりどんなものなのか気になるところです.
夏目漱石は『夢十夜』で自分の見た夢を綴っています.本当にこれが彼の見た夢なのかという疑問は残りますが夢の不思議な感覚はおもしろくかかれているので全くの創造ではないと思います.短い文章ですぐ読めるのでぜひ読んでみてください.青空文庫より読むことができます.
夢診断*3では,この夢十夜ユング心理学の観点から分析してみようという試みがなされています.こちらもなかなか興味深いものです.
最後に夢十夜より第一夜の冒頭部分を引用してみましょう.

こんな夢を見た。
腕組をして枕元に坐っていると、仰向に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭の柔らかな瓜実顔をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然云った。自分も確にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗き込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開けた。大きな潤のある眼で、長い睫に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸の奥に、自分の姿が鮮に浮かんでいる。